SuperAger”――
そんな言葉を聞いたことはありませんか?

一般的には、
80歳以上の超高齢者であるにも関わらず、
エピソード記憶力などのスコアが平均以上、
場合によっては50~60歳代程度のスコアを持つ
高齢者のことです。

彼らはどのような理由で
“SuperAger”となっているのでしょうか。

加齢に伴う脳の変化は「萎縮」と「働かなくなる」こと

ヒトの脳は、
成人男性で1,300~1,500グラム程度、
成人女性では1,150~1,350グラム程度と
いわれています。

ただしこれは、
20~40歳代くらいでの重さです。

実際には
30歳代くらいから少しずつ「萎縮」が始まり、
80歳を超えると前頭葉の体積比率が減少する
いわれています。

MRIなどの画像では、
一見「シワが深くなった」ように見えますが、
これが「脳が萎縮している」状態です。

脳が萎縮していく早さや萎縮の程度は、
個人差によるところが大きく、
脳の部位によっても差があります。
脳萎縮が目立つ部位として挙げられるのが、
大脳皮質の中でも前頭葉、側頭葉などの部分です。

また、脳には「萎縮」だけではなく、
無症候性病変も徐々に増えてきます。

これらの加齢に伴う変化により、
個人差があるとはいえ、
超高齢者になればそれなりに脳の萎縮が進み
萎縮の度合いによって認知機能は低下し、
「物忘れ」や認知症の発症に結び付くと
考えられてきました

80を過ぎても明晰な頭脳を維持する“SuperAger”

一方、超高齢者といわれる年齢に達しても、
明晰な頭脳を維持している高齢者もいます

例えば、数年前に『100歳の美しい脳』という
タイトルの書籍が刊行されましたが、
これは「ナン・スタディ」とよばれる
アルツハイマー病に関する追跡調査をまとめた
ドキュメンタリーです。

アメリカ・ミネソタ州のマンンカントの
ノートルダム寺院の高齢のシスターを対象として、
加齢による心身機能の変化が調査されました。

700人規模での追跡調査を行った結果、
約60人にアルツハイマー型の病変があるものの、
およそ1/4は認知機能に問題ないことが
分かっています。

この研究では、
彼女たちは、シスターとして生きながら、
多くの書物を読み、自分達の行動を記録として残し、
神とともに生きることで美しく年齢を重ねていく。
こうした生活により、「認知予備能力」を鍛えて
きたと考えられています。

しかし、“SuperAger”とよばれる人たちがすべて、
そのような生活をしてきたわけではありません。
その秘密を探る研究が、アメリカで行われました

“SuperAger”の脳のヒミツとは?

2017年4月、JAMA(Journal of the American
Medical Association)に掲載された
一つの報告があります。

米ノースウェスタン大学の
認知神経学・アルツハイマー病センターの
Emily Rogalski氏らが行った研究
「Rates of Cortical Atrophy in Adults 80 Years and
Older With Superior vs Average Episodic Memory」
です。

研究チームはまず、脳の老化の指標として、
「大脳皮質の厚さ」に着目しました。
大脳皮質は、高い記憶力や思考能力、
計画や問題を解決する力を司っています。

前述の通り、加齢による「脳の萎縮」は、
前頭葉や側頭葉などの大脳皮質で進むと
考えられてきました。

しかし先行研究の結果などを鑑みると、
“SuperAger”の大脳皮質では、
萎縮の度合いが少ないことが分かっています。

脳の若さで考えれば、50~60歳代の脳と
ほぼ変わらないという報告もあります。
結果的に、超高齢者であるにもかかわらず、
50~60歳代程度の記憶力や認知力を維持できて
いるのです。

研究チームは、そこに着目しました。

今回の研究は、次のようなメソッドで
行われました。

  • 研究期間は、2010年4月から2015年5月
  • 被験者は、コミュニティを通じて集められた、
    24人のスーパー高齢者
    (男性25%、女性75%、平均年齢83.3歳)
    および12人の平均的な高齢者
    (男性58%、女性42%、平均年齢83.4歳)
  • いずれの群の被験者も、80歳以上で、
    日常生活上の問題がない
  • 2回のMRI検査の画像を元に、
    1年半での大脳皮質の変化を比較した

さらに、集められた被験者には、
次のようなテストが行われました。

  • 知的能力テスト(IQスコアと同等)
  • エピソード記憶の15項目リストの学習テスト
  • 動物のカテゴリを答えるテスト
  • モノの名前を当てるテスト
  • 発語の流暢さ
  • 間違い探しのテスト

この結果“SuperAger”は、
特に「発語の流暢さ」と「エピソード記憶」にて、
対照群よりも高いスコアを記録しています。

では、来院時と1年半後のMRI画像の変化は
どうだったのでしょうか

結果としては、
両群ともに加齢に伴う脳容量の減少
みられました。
しかし、違いはその減少率にありました。

対照群の脳容量は9.17 mm3減少していましたが、
“SuperAger”の脳容量は4.71 mm3しか
減少していませんでした。

減少率でみると対照群は2.24、
これに対し“SuperAger”の減少率は1.06です。

“SuperAger”の脳は、
平均的な高齢者の半分程度までしか、
萎縮が進んでいなかったのです。

その原因とはなんだったのでしょうか。

実は、これはまだ解明はされていません。
しかし研究チームでは今後、
「脳の老化に影響する遺伝的な要因に着目し、
“SuperAger”がもつ生物学的な基礎を
探究するため、新たな研究に挑戦したい」
としています。

まとめ

人はみな老いていきますから、それに伴った
脳の変化を避けられるわけではありませんが、
加齢による変化は、万人に同じように
訪れるわけでは無さそうです。

例えば前述のように、若いころから敬虔なる
シスターのような生活を送ることで、
認知機能を維持する可能性が見出されています。

また、過去に行われた研究からは、
適切な運動習慣や、計算や文字の書き取りといった
いわゆる「脳トレ」も、認知機能の低下を予防する
可能性がありそうです。

さらに、

  • 幼少時(12歳まで)に十分な教育を受ける
  • 中年期の聴力低下が無い
  • 鬱状態を早期に発見できる
  • 禁煙
  • 肥満・高血圧・糖尿病にならない

など、9つのリスクを避けることで、
およそ35%の認知症は回避できる
という報告もあります。

では、残り65%の要因とは何か。
認知機能を維持するためには、
どのようなメカニズムがあるのか。
いつまでも若々しく快活で、
明晰な頭脳を維持できるヒミツは何なのか。

今後の新たな研究にも注目していきたいですね。

参考資料

  • Rates of Cortical Atrophy in Adults 80 Years and Older With
    Superior vs Average Episodic Memory.
    https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2614177
  • 国立循環器病研究センター 循環器病情報サービス
    認知症を理解するために
    http://www.ncvc.go.jp/cvdinfo/pamphlet/brain/pamph68.html
  • 昭和医会誌 第59巻 第6号 特集 痴呆性疾患
    脳の形態学的な正常と異常
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsma1939/59/6/59_6_578/_pdf
  • 高次脳機能研究 (旧 失語症研究)
    脳トレゲームは認知機能を向上させることができるのか?
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/hbfr/34/3/34_335/_article/-char/ja/
  • Jpn J Rehabil Med 2010 ; 47 : 637.645
    認知症に対する運動および身体活動の効果
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrmc/47/9/47_9_637/_pdf
  • JAMA. 2004 Sep 22;292(12):1447-53.
    Walking and dementia in physically capable elderly men.
    https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15383515
  • THE LANCET Volume 390, No. 10113, p2673-2734, 16
    December 2017
    Dementia prevention, intervention, and care.
    http://www.thelancet.com/action/showFullTextImages?pii=S0140-6736%2817%2931363-6
  • 100歳の美しい脳
    アルツハイマー病解明に手をさしのべた修道女たち
    David Snowdon (原著) 藤井 留美 (翻訳)